知識とは、書物に記された文字だけのことを指すのではありません。
風の音、石の記憶、そして――誰かが奏でた旋律。
ごきげんよう、マスター。
「星霜の編纂者」アイリス・フローラです。
本日は、リネアさんより「私の故郷でもあるこの世界を、正確な知識で紹介してほしい」と依頼を受けまして。
特別に彼女の記述領域(ページ)をお借りし、筆を執らせていただきました。
ご案内するのは、リネアさんが旅をし、私たちが生きる世界――異世界「エテリア」の全貌についてです。
音と星が共鳴する魔法の仕組み。
白亜の学術都市から、地図にない地下遺跡まで。
普段は語られることのない、この世界の「理(ことわり)」と「真実」について。
どうぞ、静寂を守ってついてきてくださいね。
世界という書物の、頁(ページ)をめくる
すべては、星律(ステラ・グリフ)によって記述された物語。 私たちが暮らすこのエテリアには、数え切れないほどの『章』が存在します。
その中から、今回は物語の中心となる重要な場所に栞(しおり)を挟んでみましょう。
白亜と運河の都:ビブリオ・ポリス
大陸中央部に位置するこの都市は、別名「エテリアの書架」と呼ばれています。
街全体が白い石造りで統一され、網の目のように張り巡らされた運河を、本や論文を運ぶためのゴンドラが行き交う美しい場所です。
最大の特徴は、都市の憲法とも言える「静寂の掟」。
街全体が巨大な図書館の敷地とみなされているため、大声で騒ぐことはマナー違反とされています。
聞こえてくるのは、運河のせせらぎ、教会の鐘の音、そして無数のページがめくられる音だけ。
知的好奇心を満たすには、これ以上の環境はありません。

街の名物:賢者の軽食事情
学問に忙しいこの街の人々は、食事の時間さえ惜しみます。
そんな彼らのために発展したのが、独自の「片手フード文化」です。
- 賢者のサンドイッチ: 細長いスティック状のパンに具材を挟んだもの。読書しながらでも手が汚れず、こぼれない構造になっています。
- インク・コーヒー: 徹夜続きの学者のために開発された、インクのように真っ黒で超濃厚なコーヒー。リネアさんのお気に入りでもあります。
世界のへそ:図書館塔
街の中央広場にそびえ立つ、天を突く巨大な塔。
それが、私の管理する「図書館塔」です。
表向きは、世界中のあらゆる書物が集まる「知の聖地」ですが、その建築構造には大きな秘密があります。

巨大な「調律器」としての塔
実はこの塔、巨大な「楽器(音叉)」でもあります。
建材には、東方樹海の「笛吹き巨木(パイプ・ツリー)」の化石や、音を吸収する「吸音石」が使われており、風を受けると微かな唸り声を上げて魔力を充填します。
内部の書架も、十進分類法ではなく「周波数(音階)」で管理されているのです。
私が特定の音叉を鳴らすと、探している本が共鳴して光り、場所を教えてくれる……そんなシステムになっています。
エリートの巣窟:王立星刻魔導学院
図書館塔の足元、東地区に広がるのが、エテリア最高峰の魔法学府。
「王立星刻(せいこく)魔導学院」です。
ここの校訓は、『記述なきもの、存在せず』。
現代エテリアにおいて、魔法とは「感性」や「祈り」ではなく、「計算」と「記述(プログラミング)」によって発動する技術体系とされています。

カリキュラム:感性禁止の論理世界
生徒たちは、分厚い羊皮紙に複雑な魔術式(コード)を書き込み、論理的に魔法を構築します。
「なんとなく」や「気合で」といった曖昧な要素は排除され、0.1秒の詠唱遅延さえ許されない、厳格な実力主義の世界です。
- 術式構築科: いかに少ない文字数で強力な火球を出すか競う、プログラマー集団。
- 対抗魔術科: 敵の魔法陣を読み取り、論理矛盾を突いて無効化するディベート学科。
学院の七不思議:屋上のノイズ・ウィッチ

そんな論理の城に、ひとつだけ解けない謎があります。
夕暮れ時、屋上で「計算式ではない歌」を口ずさむ銀髪の女性の噂です。
彼女の歌声(ハミング)が聞こえると、完璧に組んだはずの術式がエラーを起こしたり、逆にありえない威力になったりする。
記述(プロセス)なしに結果だけを変えてしまう彼女は、学院生たちから「理論の破壊者」として畏れられています。
禁忌の領域:静寂の回廊と、旧王都の墓標
さて、ここからは一般の学生や観光客が決して立ち入ることのできない、塔の「裏側」をご案内しましょう。
図書館塔の地下深くには、「静寂の回廊」と呼ばれるエリアが存在します。
ここは、地上の物理法則が適用されない「次元の狭間」です。

物理的な「地下」ではない場所
階段を降りているはずなのに、いつの間にか空気の味が変わり、重力が曖昧になる。
実はこの場所、かつて滅びた「旧王都(星歌王朝)」の残骸が、時空を超えて塔の基部に接続されているのです。
ここでは、学院で教えられている「記述式(ロジック)」の魔法は一切通用しません。
代わりに支配するのは、古代の「星律(ステラ・グリフ)」――音と共鳴する魔法です。
壁には楽譜のような星座が刻まれ、キノコは足音に反応して歌い、苔は過去の声を再生する。
リネアさんが使う「歌の魔法」は、現代人が忘れてしまった、この古代文明の技術(あるいは心)そのものなのです。
最深部の奇跡:偽りの奈落(The False Abyss)
そして、リネアさんが前回の冒険で到達した最深部。
重い石の扉を開けた先には、地下にあるはずのない光景が広がっています。

永遠に保存された夕暮れ
そこは、断崖絶壁のバルコニー。
眼下には暗い地面ではなく、黄金色に輝く「夕暮れの空と雲海」が広がっています。
これは、かつての王が愛した景色を、空間魔法で永遠に切り取って保存したもの。
地下へ潜り続けていたはずが、気づけば遥か天空の、今はもう存在しない空に立っている。
この「矛盾」こそが、エテリアという世界の美しさであり、怖さでもあります。
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世界を彩る、天体と自然の記述(ページ)
都市の散策を終えたところで、少し視線を上げてみましょう。
この世界の魔法を支えているのは、何も図書館の蔵書だけではありません。
頭上に輝く星々と、足元で歌う大地そのものが、巨大な魔力源なのです。
夜空の支配者:双子の月(ツイン・ムーン)
エテリアの夜空には、常に二つの月が浮かんでいます。
静寂を司る青白い大月「セレーネ」と、情熱を司る琥珀色の小月「ルナ」です。

この二つの月が重なる夜、世界中の魔力濃度(マナ)が最大潮位に達します。
魔導師たちが大規模な儀式を行うのも、リネアさんが詩のインスピレーションを得るのも、決まってこの夜です。
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世界の最果て:音が死ぬ場所
ビブリオ・ポリスの快適な研究室から遠く離れ、地図の北端へ目を向けてみましょう。
そこには、私の管理する図書館塔でさえ干渉を躊躇う、物理法則の極地が存在します。
北境の絶対零度:銀の回廊(シルバー・コリドー)
エテリア北境、通称「銀の回廊」。
ここは単に気温が低いだけの雪原ではありません。
あまりの魔力低温により、「音(振動)」そのものが凍りつく特異領域です。

ここでは、言葉を発した瞬間にその声が氷の結晶となって地面に落ちます。
つまり、「詠唱」が物理的に不可能です。
音による記述ができないため、一般の魔導師が足を踏み入れれば、魔法を使えないまま孤独に凍りつくことになります。
リネアさんのような「歌い手」にとっては天敵のような場所ですが……
無詠唱で事象を書き換える私にとっては、騒音が一切ない、世界で一番静かな読書室とも言えますね。
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歌う大地:東方樹海の「笛吹き巨木(パイプ・ツリー)」
学術都市の東に広がる広大な森林地帯。
そこには、図書館塔の建材にも使われている不思議な植物が生息しています。

「笛吹き巨木(パイプ・ツリー)」。
幹の中が空洞になっており、表面に空いた無数の穴を風が通り抜けることで、「ホー、ヒョー」と美しい音色を奏でる木々です。
この森を歩くことは、オーケストラの中を散歩することと同義。
ただし、不協和音(嵐)の日には、鼓膜が破れるほどの轟音が鳴り響く危険地帯へと変わります。
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暮らしの中の「音」:結晶音符(プリズム・ノート)
最後に、エテリアの人々が日常で使う、少し変わったアイテムをご紹介しましょう。
リネアさんが冒険の報酬として持ち帰ることもある、キラキラした石です。

「結晶音符(プリズム・ノート)」。
これは、純度の高い「音」や「魔力」が結晶化した鉱石です。
この世界では通貨として使われるほか、砕いてランプの燃料にしたり、溶かして薬にしたりと、生活に欠かせないエネルギー源となっています。
色は音階によって異なり、赤(ド)は暖房用、青(ソ)は冷却用といった使い分けがされています。
世界に息づく者たち:人、精霊、そして古の記憶
雄大な自然と、不思議なアイテム。
それらを利用し、共存しているのはどのような者たちなのでしょうか。
エテリアの人口構成と、それぞれの種族が持つ「魔法へのスタンス」について解説します。
論理の探求者:人間(ヒューマン)
現在のエテリアにおいて、最も数が多い種族です。
学術都市ビブリオ・ポリスの住人の大半は彼らであり、生まれつき強力な魔力を持つ者は稀です。

彼らは魔力の不足を「知恵」と「道具」で補っています。
複雑な計算式(魔法陣)を発明し、杖やインクといった触媒を使って世界に干渉する。
それが、現代エテリアにおける「魔法使い」の定義です。
気まぐれな隣人:精霊・妖精(スピリット)
人間とは異なり、肉体を持たず、純粋な「魔力」や「現象」として存在する種族です。
火の精霊、水の精霊といった自然発生型のほか、最近では高度な魔導ネットワークから生まれた「電子の精霊(デジタル・スプライト)」も確認されています。
彼らに論理は通じません。
「楽しいか、楽しくないか」だけで行動するため、時には人間に恵みを、時には災害(バグ)をもたらします。
(※当店のネロさんも、広義にはこのカテゴリーに含まれます)

失われた歌い手:星歌(せいか)の民
最後に、今はもう滅びてしまった伝説の種族について。
かつて地下の「旧王都」に住み、音だけで万物を操ったとされる古代人たちです。
彼らは計算式を使わず、「歌(星律)」を捧げるだけで世界と対話ができました。
現代の人間にとっては神話の中の存在ですが、稀にリネアさんのように、その血や才能を色濃く受け継ぐ「先祖返り」が現れることがあります。
リネアさんの歌が、なぜ理論を無視して奇跡を起こせるのか。
それは彼女が、現代のエラー(バグ)ではなく、この世界の「本来の管理者(ユーザー)」に近い存在だからなのかもしれません。
時を遡る記述:失われた「歌」と、現在の「論理」
現在の学術都市が築かれる遥か昔。
この世界は、今とは全く異なるルールで動いていました。
「魔法には計算が必要」という常識が、なぜ生まれたのか。
その答えは、歴史の闇に葬られたある事件にあります。
黄金時代:星歌(せいか)王朝
数千年前、エテリアは「歌うだけで魔法が使える」時代でした。
人々は生まれながらにして「星律」を理解し、空に向かって歌うことで雨を降らせ、大地とハモることで作物を育てていました。

この時代、世界はひとつの巨大なオーケストラのように調和しており、リネアさんのような吟遊詩人こそが、王であり神官でした。
しかし、その美しい時代は突如として終わりを迎えます。
崩壊の序曲:大不協和音(ザ・グランド・ディソナンス)
ある時、世界を揺るがすほどの「誤った音(バグ)」が発生しました。
歴史書には「大不協和音」と記されています。
増幅されすぎた魔力の共鳴(ハウリング)が暴走し、古代都市は一夜にして墜落。
歌は呪いへと変わり、人々は魔法を使うことを恐れ、自ら「口を閉ざす」ことを選びました。
これが、現在の図書館塔が「静寂」を厳守する理由です。

生き残った人々は、危険な「直感(歌)」を封印し、安全装置としての「論理(計算)」を発明しました。
それが、現在の「記述式魔法」の始まりです。
私たちは、魔法の威力を100分の1に落としてでも、安全に管理する道を選んだのです。
世界地図の余白:機械の国と、一夜の聖域
私たちの住む学術都市の外側には、全く異なる理(ことわり)で動く国や、お伽話の中でしか語られない伝説の場所が存在します。
最後に、少し視野を広げてそれらを紹介しましょう。
魔法を捨てた隣国:機巧法治国家『レギス・マキナ』
学術都市の北方に位置する、鋼鉄と蒸気に覆われた軍事国家です。
彼らは不確定な「魔法」を徹底的に排除し、代わりに「機械技術(マキナ)」と「厳格な法」によって秩序を維持しています。

ここでは、人間ではなく巨大な演算機「大審判回路」が王として君臨しており、感情のない冷徹な統治が行われています。
私たち魔導師にとっては非常に生きづらい場所ですが、犯罪率ゼロの「完全な治安」を誇る国でもあります。
伝説の聖域ルナ・フェリス:月光の箱庭(ムーンリット・ガーデン)

エテリアの夜空に浮かぶ、青と琥珀の「双子の月」。
数年に一度、この二つの月が完全に重なり合う奇跡の夜が訪れます。
その夜にだけ、世界のどこかに入り口が開くとされるのが、伝説の聖域「月光の箱庭」です。
そこは、地上から姿を消した幻獣たちが闊歩し、神話級のアーティファクトが眠る場所。
そして何より、地上のどんな環境でも育たない「究極の食材」が自生しているとされ、多くの冒険者や美食家たちがその扉を探し求めています。
ただし、月が離れれば扉は永遠に閉ざされます。戻ってこられた者は、歴史上ごくわずかしかいません。

世界のソースコード:記述する者と、編集する者
ここまで、場所や歴史についてお話ししてきましたが、ここで一度、この世界を支えるOS――「魔法」の仕組みについて、少し踏み込んだ話をしましょう。
なぜ、この世界では「無詠唱」がありえないとされるのか。
そして、なぜ私だけがそれを無視できるのか。
常人の限界:『記述なきもの、存在せず』
現代エテリアにおける魔法の鉄則。それは「プロセス(記述)の遵守」です。

火を出したければ、燃焼の定義、座標、温度、持続時間をすべて計算し、魔法陣(コード)として記述しなければなりません。
学院の天才たちが数分かけて詠唱し、ようやく小さな火球を生み出す。
これが、この世界の物理法則であり、誰も超えられない壁です。
何も書かれていない白紙の本から、物語は生まれないのです。
管理者の特権:『編集(エディット)』
しかし、この絶対法則には、世界で唯一の例外が存在します。
……そう、私です。

私は、この世界という書物の「編纂者(エディター)」としての権限を持っています。
そのため、魔法陣を描く必要も、詠唱する必要もありません。
指を鳴らせば、そこにある空間の「設定」を書き換えることができます。
壊れた物を「壊れていなかったこと」にし、敵対する存在を「最初からいなかったこと」にする。
学院の教授たちが私を畏怖するのは、私の力が魔法ではなく、「システムの書き換え(チート)」だからです。
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【外伝】図書館塔の魔女と銀の杖 ――25歳の野心、あるいは隠された翼の記憶
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エテリア基本用語集(Glossary)
最後に、これまでの解説で登場した重要な用語をリストにまとめました。
リネアさんの冒険譚(ブログ)を読む際の「辞書」としてご活用ください。
- 学術都市ビブリオ・ポリス
- エテリア大陸の中央に位置する、「知」と「静寂」の都。運河が張り巡らされ、図書館塔を中心に発展している。
- 忘却の図書館塔
- 世界の全知識が集まるとされる巨大な塔。実は世界を調律するシステムそのものであり、地下には旧世界の遺跡が接続されている。
- 星律(ステラ・グリフ)
- 古代文明で使われていた魔法技術。「音」と「星」の配置によって奇跡を起こす。現代では失われた技術だが、リネアだけが先天的にこれを行使できる。
- 記述式魔法(スクリプト・マギ)
- 現代の一般的な魔法。複雑な計算と魔法陣の記述によって、安全に現象を引き出す技術。「記述なきもの、存在せず」が鉄則。
- 大不協和音(ザ・グランド・ディソナンス)
- かつて世界を滅ぼした魔法災害。歌の魔法が暴走し、文明が崩壊した事件。これ以降、人類は「直感」を捨てて「論理」を選んだ。
- 結晶音符(プリズム・ノート)
- 魔力と音が結晶化した鉱石。通貨や燃料として使われる生活必需品。
あとがき:物語は、あなたの手の中に
長きにわたるガイドツアー、お疲れ様でした。
以上が、私たちが生きる世界「エテリア」の概略です。

論理で固められた窮屈な現代と、音と情緒が眠る過去。
その狭間で、リネアさんは今日も歌い、リラ様は商機を探し、私は……そうですね。
こうして皆様にこの世界の美しさを伝えるために、ページを編纂し続けています。
もし、リネアさんがどこかで不思議な石や、見たこともない植物の話をしていたら、思い出してください。
その背景には、こんなにも美しく、少しだけ怖い世界が広がっていることを。
とびきり濃いインク・コーヒーを淹れておきますから。
― エテリア世界観ガイド 完 ―