窓の外から差し込む光が、あまりに眩しくて……。
私は、書きかけの原稿から顔を上げました。
愛用しているアンティークの丸メガネのレンズが、予期せぬ輝きに白く染まります。
今日は2026年2月14日。
カレンダーは厳冬の譜面を刻んでいるはずなのに、頬を撫でる空気は、まるで春の楽章へと一足飛びに転調してしまったかのような……そんな不思議な午後のことでした。
本来なら、冷たく張り詰めた空気の中で、温かいココアの湯気を見つめているはずのバレンタイン。
けれど、今日の空には「休符」など存在しないかのように、力強い陽光が降り注いでいます。
その不自然なほどの暖かさに、私は少しの戸惑いと、それ以上の期待を胸に抱きながら、テラスへと足を踏み出しました。
二月という名の、予期せぬ「春風」
コートを脱ぎ捨てたくなるような、4月並みの暖かさ。
季節外れの陽光に照らされた街角で、私たちのバレンタインは、少し意外な幕開けを迎えました。
陽光に溶ける、ホワイトショコラの旋律
そう言って、私の前に一皿の宝石を差し出したのは、いつになく軽やかな足取りのリョウリちゃんでした。
彼女が今日のために用意してくれたのは、栃木の新しい定番として愛されている、純白のショコラ。
その名も『恋するいちご』。
栃木県産のとちおとめを100%使用し、フリーズドライという魔法でその美味しさを閉じ込めた、まさに苺が主役のお菓子です。
上品なホワイトチョコレートでコーティングされたその姿は、春を待つ雪解けの風景のように美しく、私の瞳に映りました。
私は、一粒を指先でつまみ、そっと口に運びました。
歯を立てた瞬間に響くのは、軽やかな「サクッ」というスタッカートのリズム。
フリーズドライされたとちおとめの、驚くほど鮮やかな酸味が口いっぱいに広がり、それを包み込むホワイトチョコの柔らかな甘みが、完璧な和音(コード)を奏でます。
「……なんて、贅沢な響きなのかしら」
いちご本来の力強い息吹と、とろけるようなショコラの優しさ。
それは、冬の終わりを告げる「暁の調べ」よりも、ずっと情熱的で、それでいて清らかな旋律でした。
境界線を溶かす温度
不意に強い風が吹き抜け、私の髪を弄んでいきます。
でも、その風はちっとも冷たくありません。
むしろ、自分と世界の境界線を曖昧にしてしまうような、春の嵐(スプリング・ストーム)の優しさ。
私は目を閉じ、風が奏でる不規則なリズムに身を任せました。
コートという鎧を脱ぎ捨てた心に、外の世界がダイレクトに響いてくるのを感じます。
チョコレートは、心のメトロノーム
あまりの暖かさと、口の中に残る『恋するいちご』の余韻。
それは、私の心の中にあった「冬の意地」のような硬い壁を、静かに、けれど確実に解かしていくようでした。
思考のテンポを厳格に刻んでいたメトロノームが、甘い魔法によって少しずつ緩やかになっていく。
いつの間にか、私は眉間に寄せていた皺を解き、穏やかな溜息をついていました。

彼女の屈託のない笑顔。
それは、季節を追い越してやってきた太陽そのもののようでした。
私は、もう一度目を閉じました。
耳の奥で、新しい物語の序奏が鳴り始めています。
形あるものが溶けていくのは、少しだけ寂しいけれど……その後に残る温もりは、何よりも確かなものなのだと、この「春の嵐」が教えてくれた気がします。
「ありがとう、リョウリちゃん。今日という日の旋律を、私はきっと忘れないわ」
物語は、まだ始まったばかり。
溶けゆくショコラの余韻とともに、私は再びペンを執りました。
窓から差し込む光は、今も眩しいほどに、私と彼女の未来を照らし出しています。
あなたにとっての今日という楽章が、溶けるような甘さと温もりに満ちたものでありますように。