【Short】氷の音色と、静かなる熱量(パトス)。琥珀色の夜に溶ける「続き」の話
深夜二時。
雑貨店「GRAVITY」が深い眠りにつく刻(とき)。
私はふと目を覚まし、乾いた喉を潤すために屋根裏部屋を出た。
階段を降りると、闇に沈んだ店内の奥、キッチンからだけ微かな光が漏れている。
シャリ、シャリ、シャリ……。
規則的で、研ぎ澄まされた音が聴こえる。
それはいつもの賑やかな調理の音とは違う。もっと硬質で、冷ややかなリズム。
私は音を立てないように、そっとその場所を覗き込んだ。
⏱️ 読了目安:約3分
📖 登場人物:リネア、リョウリ
氷を削る背中
そこにいたのは、リョウリだった。
けれど、いつも「なんだよぉぉ!!」と騒いでいる彼女ではない。
カウンターの灯りだけを頼りに、鋭利なアイスピックを握りしめ、掌(てのひら)にある氷の塊を削っている。
シャッ。
無駄のない手つきで氷の角が落とされ、不恰好な塊が、見る見るうちに美しい球体へと変わっていく。
その瞳は、獲物を狙う狩人のように鋭く、そして静かだった。
「……珍しいわね。あなたがそんなに静かなのは」
私が声をかけると、彼女はピックを止め、ゆっくりと振り返った。
「リネアさん……。起こしちゃった?」
「いいえ。喉が渇いただけよ」
リョウリはふっと肩の力を抜き、削り出したばかりの丸氷(アイスボール)を、薄いロックグラスにコロンと滑り込ませた。
カラン。
高く、澄んだ音が夜気に響く。
残り火としての情熱
彼女は棚の奥から、琥珀色の液体が入ったボトル――年代物のウイスキーを取り出した。
トクトクトク……。
丸氷の上を滑るように液体が注がれる。氷が微かに鳴き、芳醇な香りがふわりと漂った。
「……一杯だけ、付き合ってくれる?」
差し出されたグラスを受け取り、私は隣のハイスツールに腰を下ろした。

「昨日のこと、考えていたの?」
私が尋ねると、リョウリは自分のグラスを見つめながら、小さく頷いた。
昨日、彼女の背中に現れた『光の翼』。
情熱(パトス)の具現化。
「あの翼ね、すっごく熱かったんだ」
リョウリが静かに語り出す。
「料理ってさ、いつも『火力全開!』って感じに見えるでしょ? でもね、本当の情熱って、爆発することだけじゃないんだと思う」
彼女はグラスを軽く揺らした。
琥珀色の液体の中で、丸氷がゆっくりと回転する。
「こうやって、誰にも見られない場所で氷を削ったり、何時間もスープのアクを取ったり……。そういう『静かな熱』が消えない限り、私の火は消えないんだって。あの翼に、そう教えられた気がするんだよ」
夜明け前の乾杯
私は改めて、隣にいる料理人の横顔を見た。
昼間の太陽のような彼女も素敵だけれど、深夜の残り火のような、静かに燃え続ける彼女もまた、美しい。
「……そうね。物語も同じだわ」
私は自分のグラスを、彼女のグラスに軽く合わせた。
「派手なクライマックスだけが物語じゃない。行間にある静寂(サイレンス)にこそ、本当の感情が宿るのよ」
カチン。
小さな音が、二人の間に落ちた。
ウイスキーの苦味と香りが、喉の奥を熱く焼く。
「ふふ、難しいことはわかんないけど……。リネアさんと飲むお酒は、美味しいねっ」
いつもの無邪気な笑顔が、少しだけ戻っていた。
氷が溶け、琥珀色が薄まっていく。
夜明けまでは、もう少し時間がありそうだ。
あとがき
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
情熱(パトス)という言葉は、激しい感情を意味しますが、同時に「受動的な体験」という意味も持っているそうです。
何かを受け止め、静かに燃やし続ける力。
そんな大人の情熱もまた、人生には必要なスパイスなのかもしれませんね。
さて、次回の記事ですが。
この静かな夜を照らすのに相応しい、とっておきの「光の芸術品」をご紹介します。
その名は『ペトロマックス HK500』。
「世界で最も美しい灯油ランタン」と呼ばれるその輝きを、リラの厳しい鑑定眼と共に紐解いていきましょう。
どうぞ、お楽しみに。