丑三つ時。
先ほどまで唸りを上げていた『王様(ペトロマックス)』の灯りも消え、雑貨店GRAVITYは深いブルーの静寂に沈んでいます。
残っているのは、テーブルの上で小さく揺れるオイルランタンの炎と、私の手元にあるマグカップの湯気だけ。
騒がしい音も、眩しい光も通り過ぎたあと。
最後に残る「本当の夜」について、少しだけお話しさせてください。
⏱️ 読了目安:約4分
ポケットの中の「外の世界」を閉じる
キャンプ場に来て、テントを設営し、焚き火を囲んでいても。
ふとした瞬間に、ポケットの中のスマートフォンを取り出してしまうことはありませんか?
SNSの通知、明日の天気の確認、誰かの投稿への「いいね」。
私たちは無意識のうちに、直径数インチの小さな窓から、遠く離れた「日常」を森の中に引き込んでしまっています。
それは、せっかくの聖域に、街の喧騒を持ち込んでいるのと同じこと。
「……えいっ」
勇気を出して、電源を切ってみましょう。
あるいは、鞄の一番底に沈めてみましょう。
光る画面が消えた瞬間、世界は驚くほど暗くなるはずです。
けれど、目が慣れてくるにつれ、あなたは気づくでしょう。
暗闇だと思っていた森が、実は月の光や星の瞬きで、こんなにも豊かに彩られていたことに。
五感の再起動(リブート)
視覚情報(デジタル)を遮断すると、今まで眠っていた他の感覚が、ゆっくりと目を覚まします。

チロチロと燃える残り火の、微かな吐息。
頬を撫でていく夜風の、湿った匂い。
遠くで鳴く鹿の声や、葉が擦れ合う音。
情報を「検索」するのではなく、ただ世界を「観測」すること。
鈍っていたアンテナが研ぎ澄まされ、自分がこの大きな自然の一部であることを思い出す。
それは、疲れた魂にとって、どんなエステよりも効果的なデトックス(解毒)の時間です。
自分自身と「待ち合わせ」をする
そうして独りきりになると、ふと、心の中に誰かが訪ねてきます。
それは、忙しい日常の中で置き去りにしてきた「素直な自分」です。
「あの時、本当は辛かったんだ」
「本当は、もっとこうしたいんだ」
普段はノイズにかき消されて聴こえない小さな本音が、静寂の中でぽつりと語りかけてくる。
その声に対して、無理に解決策を探す必要はありません。
ただ、焚き火を見つめながら、「そうだったんだね」と相槌を打ってあげるだけでいい。
感情を煮込み料理(スープ)のように、時間をかけて味わうこと。
キャンプの夜とは、そうやって自分自身と再会し、和解するための場所なのだと、私は思うのです。
■リョウリとアイリスからの「夜のヒント」
リョウリ「ねえリネアちゃん、難しい顔してちゃダメなんだよぉ!
悩み事があるなら、まずはお腹いっぱい美味しいものを食べる!
『解決策』なんて、その後でぐっすり眠れば、朝の太陽と一緒に降ってくるんだからさっ!」
アイリス「……リョウリさんの野生の勘も、あながち間違いではありません。
常に情報を記録(ログ)し続けるのは、システムに負荷をかけます。
たまには『何もしない(Just Being)』モードに切り替え、メモリを解放することも、長期稼働には必要なプロトコルなのですよ」
おわりに
圏外になることを恐れないで。
繋がりを断つことは、孤独になることではありません。
それは、あなた自身との繋がりを取り戻すための、最も贅沢な儀式なのです。
今夜は、スマホを置いて。
ただ、炎の揺らぎと、あなたの心の声だけに耳を傾けてみてください。
明日の朝、テントから這い出した時。
吸い込む空気が、昨日よりも少しだけ美味しく感じられたなら。
あなたの「自分探し」の旅は、きっと成功したと言えるでしょう。
夜明けはもうすぐ。
おやすみなさい。よい夢を。