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【神様を演じた365日】第2話『通知音は、点滴のリズムより速く』

注意ポイント

※本作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件等は一切関係ありません。 また、本作はコンセプト上、闘病や死に関するセンシティブな描写を含みます。ご自身の体調に合わせて、閲覧をご判断ください。
連載小説『神様を演じた365日』

第2話『通知音は、点滴のリズムより速く』

Section 1:1万RTの衝撃

07:00 AM - Bedroom

 ジジッ、ジジジッ、ジジジジジジッ。

 目覚ましのアラームが鳴るよりも先に、枕元が小刻みに震えていた。
 重たい瞼をこすりながら、手探りでスマホを掴む。
 充電ケーブルに繋がれたその黒い板は、なんだか少し熱を持っている気がした。

 ホームボタンを押す。
 ロック画面が点灯した瞬間、私は息を止めた。

「……え?」

 通知欄が、埋まっていた。
 Twitter(X)の青いアイコンが、滝のように画面を埋め尽くしている。
 『いいねしました』『リツイートしました』『フォローされました』――。
 指でスクロールしても、スクロールしても、終わらない。
 昨日の夜、震える指でアップロードした、あの一枚の写真。
 逆三角形の下で、ぎこちなく薔薇の弓を構えた魔法少女の私。

 数字を見る。
 ……いち、じゅう、ひゃく、せん……。

「……一万……?」

 1.2万RT、3.8万いいね。
 寝る前は確か、フォロワーなんて二桁もいなかったはずなのに。
 数字がバグっているのかと思った。
 アプリを再起動する。
 ……増えてる。さらに500、増えてる。

 ドクン、と心臓が跳ねた。
 それは恐怖じゃなくて、血管に炭酸を注入されたような、シュワシュワとした強烈な高揚感だった。

 コメント欄が目に入る。
『なにこの透明感』
『完成度やばい』
『本物の魔法少女じゃん』
『守りたい、この笑顔』

 守りたい。
 その言葉を見た瞬間、私の体温が一度上がった。

「……すごい」

 私はベッドの上で、スマホを胸に抱きしめた。
 くすぐったい。嬉しい。
 誰も知らない、病室のベッドの上の「可哀想な私」じゃない。
 一万人以上が認めた、キラキラした「神様」の卵が、今ここにいる。

 カーテンを開けると、いつもの朝の光が差し込んできた。
 けれど、その光は昨日までの色とは違って見えた。
 パステルピンクのカーテンも、机の上のコスメたちも、まるで映画のセットみたいに輝いている。
 世界が、私を祝福するために彩度を上げたみたいに。

08:30 AM - On the Way to University

 玄関のドアを開けた瞬間、夏の空気が私の頬を撫でた。
 いつもなら「暑いな」と顔をしかめる日差しも、今日は私を照らすスポットライトにしか思えない。

 アスファルトの道を歩く。
 靴底が地面を叩く音が、軽快なリズムを刻む。
 タッ、タッ、タッ。
 すれ違うサラリーマンも、自転車の高校生も、誰も私のことなんて気にしていない。
 私が今朝、「一万人に愛された女の子」だなんて、誰も知らない。
 それが余計に、私を無敵な気分にさせた。

(ふふ、私だよ。あの写真の子は、私なんだよ)

 心の中で呟くと、背中に見えない羽が生えたみたいに足取りが軽くなる。
 ポケットの中では、今もスマホが短く震え続けている。
 ブブッ、ブブッ。
 その振動が、私の新しい鼓動。
 私の存在を証明し続ける、途切れない信号音。

 信号が赤から青に変わる。
 「カッコー、カッコー」という電子音さえ、今日はファンファーレみたいに聞こえた。

 横断歩道の白線の上を、私はスキップする一歩手前の早足で渡っていく。
 空が青い。雲が白い。
 街路樹の緑が、目に痛いくらい鮮やかだ。

 生きてる。
 私、今、すごく「生きてる」って感じがする!

 大学の正門が見えてきた。
 いつもと同じレンガ造りの門。
 でも、今日の私は昨日までの「目立たない女子大生」じゃない。
 秘密の魔法を隠し持った、物語の主人公として、その門をくぐった。

Section 2:フルーツパンケーキの祝福

04:30 PM - Open Terrace Cafe (3 Days Later)

「えっ、まだ伸びてない? 3万いいね超えてるじゃん!」

 大学近くのオープンテラス。
 私のスマホを覗き込んだ友人のサヤカが、裏返った声で叫んだ。
 隣にいたユリも、カフェラテのカップを持ったまま目を丸くしている。

「嘘……投稿してからもう三日だよ? 普通もっとすぐ落ち着くでしょ」
「ていうか、見るたびにフォロワー増えてるし。これ完全に『見つかった』ね」

 二人の興奮した視線が、私に突き刺さる。
 私は頬が熱くなるのを感じながら、少し照れくさそうにアイスティーのストローを回した。
 あれから数日。私のスマホは、ずっと熱を持ったまま震え続けている。

「ううん、たまたま運が良かっただけで……。自分でもまだ信じられない」

「いやいや、これは実力だよ! この薔薇の弓を構えてるポーズとか、目線とか、完全に『降りて』るもん!」

 サヤカが画面を拡大して見せてくる。
 そこには、逆三角形の下、儚げに微笑む私が映っていた。
 あの日撮られた一枚の写真は、拡散されるたびに神格化され、もう私自身の手を離れて一人歩きしているみたいだった。

「お待たせいたしましたー。季節のフルーツパンケーキです」

 店員さんが、大きな白い皿をテーブルに置いた。
 私たちの会話が一瞬止まる。

 そこには、暴力的なまでの「幸せ」が盛られていた。
 焼きたての分厚いパンケーキが3段。その頂上から、雪崩のようにとろりとかけられた真っ白な生クリーム。
 そして、その白を彩るように散りばめられた、ルビーのような苺、宝石みたいに透き通ったキウイ、艶やかなブルーベリーたち。
 メープルシロップの甘く香ばしい匂いが、湯気と共に立ち上り、鼻腔をくすぐる。

「……んー! 最高!」

 私はナイフを手に取った。
 銀色の刃をパンケーキに入れる。
 サクッ、という表面の香ばしい感触のあと、スゥッ……とナイフが沈んでいく。まるで雲を切っているみたいに柔らかい。

 切り分けた一切れに、たっぷりのクリームと苺を乗せて口に運ぶ。
 
 ――じゅわり。

 舌の上でスポンジが解けた瞬間、卵とバターの濃厚な風味が爆発した。
 追いかけるように、クリームのミルキーな甘さと、フルーツの甘酸っぱさが口いっぱいに広がる。
 脳みそがとろけそうな、罪深い甘さ。

「んん〜……っ、幸せ……」
「未希、顔緩みすぎ! でもこれ食べたら太るよ〜?」
「いいの! 今日はお祝いなんだから!」

 私は口の端についたクリームをペロリと舐めた。
 そう、お祝いだ。
 病気のことも、来週の検査のことも、今は全部忘れていい。
 目の前の甘いケーキと、止まらない通知だけが、今の私の現実なんだから。

「ねえ未希、これだけで終わるの勿体なくない?」

 ユリが真剣な顔で言った。

「次、ちゃんとスタジオ借りて撮ろうよ。私、衣装作るの手伝うし!」
「えっ、スタジオ……?」
「そうだよ! コミケの屋外もいいけど、ちゃんと照明組んで撮ったら、もっと『神』になれるよ!」

 神になれる。
 その言葉の響きに、私の心臓がドクンと高鳴った。

 もっと、綺麗な私になれる?
 この一瞬の奇跡じゃなくて、もっと確かな輝きを、残せるの?

「……うん。やりたい。私、もっとやってみたい」

 気づけば、私は即答していた。
 迷いはなかった。点滴の針に繋がれて天井を見上げる時間を減らせるなら、なんだってやる。

「決まり! じゃあアカウント作り直そうよ。専用のやつ!」

 私は震える指で、新しいTwitterアカウントの作成画面を開いた。
 IDを決める。アイコンは、あの奇跡の一枚。
 そして、プロフィール欄に、これからの私の「名前」を打ち込んだ。

 『未希(Miki) / Cosplayer / Next: Studio Shooting』

 保存ボタンを押す。
 画面が切り替わり、何もない真っ白なタイムラインが表示された。
 ここが、私の新しい世界。
 私が「神様」を演じるための、舞台の幕が開いた。

(つづく)

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