注意ポイント
第4話『青と白の境界線で、来年の約束を』
Section 1:海への脱出
11:00 AM - Seaside Beach
トンネルを抜けた瞬間、視界のすべてが暴力的なまでの「青」に染まった。
「――海だぁぁぁぁぁっ!!」
車の窓を全開にして、私は叫んでいた。
鼓膜を叩く風の音、潮の香り、そして真夏の太陽。
すべてが私の細胞を揺さぶる。
今日は、大学の友人たちと、そしていつも写真を撮ってくれるカメラマンさんたち数名でのグループ旅行。
目の前に広がるのは、関東近郊の海。
入道雲がモクモクと湧き上がる空の下、水平線がどこまでも続いている。
「未希、テンション高すぎ! まだ駐車場だよ?」
「だってもう何年ぶりかわかんないもん! 早く行こ、早く!」
私はサンダルを突っ掛け、熱せられたアスファルトの上を走った。
更衣室で着替えたのは、今日のために新調した純白のビキニ。
フリルのついたオフショルダータイプで、露出は控えめだけど、海の色には一番映える白。
鏡の前でくるりと回る。
うん、大丈夫。今の私なら、この白さに負けてない。
砂浜に出ると、太陽がジリジリと肌を焦がす感覚がした。
熱い。でも、その熱ささえ愛おしい。
私はパラソルの下に荷物を放り投げ、そのまま海の家へと直行した。
「すいません! 焼きそば一つと、ラムネください!」
お洒落なカフェランチなんていらない。
海に来たら、これ。これ以外ありえない。
運ばれてきたのは、プラスチックのパックからはみ出しそうな大盛りの焼きそば。
濃厚なソースの香りが、湯気とともに鼻腔を直撃する。
青のりがまぶされ、真っ赤な紅生姜が添えられた、B級グルメの王様。
「いっただきまーす!」
割り箸を割り、熱々の麺を思い切り頬張る。

――うまっ。
濃厚でスパイシーなソースの味が、舌の上で踊る。
キャベツの甘み、豚肉の脂、そして焦げた醤油の香ばしさ。
ジャンクで、味が濃くて、病院食では絶対に出てこない「健康に悪い」味。
それが、涙が出るほど美味しかった。
ハフハフと熱い麺を飲み込み、すぐに冷えたラムネの瓶を口に運ぶ。
中のビー玉がカランと鳴り、強烈な炭酸が喉を駆け抜ける。
「んんっ、くぅ〜……っ!」
喉が痛くなるほどの刺激。
プハァ、と息を吐くと、身体の中の澱んだ空気が全部入れ替わった気がした。
「未希ちゃん、いい食べっぷり! そのまま一枚撮るよー!」
「えっ、今!? ちょ、口に青のりついてない!?」
カメラマンさんの声に、私は慌てて口元を拭いながらピースサインを作った。
レンズの向こうで、シャッターが切られる。
きっと今の私は、世界で一番幸せそうな顔をしているはずだ。
この青い空の下では、病気も、余命も、ただの悪い夢みたいに思えたから。
Section 2:永遠のフラグ
05:30 PM - Golden Hour
遊び疲れて、少しだけ影が伸びてきた頃。
空の色が、鮮烈な青から、溶かした金のようなオレンジへと変わり始めた。
いわゆる「ゴールデンアワー」。
写真が最も美しく撮れると言われる、魔法の時間帯だ。
「ねえ、見て! 水がキラキラしてる!」
未希は、まだ遊び足りない子供のように波打ち際へ走っていった。
寄せては返す波。
彼女が素足で水面を蹴り上げると、飛び散った水しぶきが夕日を反射して、無数の宝石みたいに輝いた。
バシャッ、と軽い音。
濡れた白い肌が、オレンジ色の逆光に縁取られて光っている。
その光景があまりに幻想的で、私はシャッターを切るのも忘れて見惚れてしまった。
「……ふふ、気持ちいい」
未希は波と戯れるのを止め、静かに水平線を見つめた。
沈んでいく太陽。終わっていく今日。
楽しい時間は、どうしてこんなにも足が速いんだろう。
彼女がゆっくりと振り返る。
逆光の中で、彼女の表情は柔らかく笑っていた。
「ねえ、みんな」
波の音に消されそうな、でもはっきりとした声。
「楽しかったね。……また来ようね」
ドキリ、とした。
ファインダー越しの私の心臓が、痛いくらいに跳ねる。

「来年もまた、みんなでここに来ようね! 絶対だよ!」
未希は満面の笑みで、小指を突き出した。
その笑顔には、一点の曇りもなかった。
自分の身体に残された時間の少なさを、本当に忘れてしまっているのか。
それとも、忘れたふりをして、私たちに「希望」を見せてくれているのか。
――うん、来よう。
――絶対に来よう。
誰もがそう口々に答えながら、必死にシャッターを切った。
ファインダーが滲んで見えなくなるのを誤魔化すように。
この「約束」が、二度と叶わない願いだと知りながら、それでも今の彼女の輝きを永遠にするために。
カシャッ。
その日最後の一枚には、涙が出るほど眩しい「来年の約束」が焼き付けられた。
(つづく)