星屑の短編集(Short Stories)

【神様を演じた365日】第5話『極彩色の宵、線香花火が落ちる音』

注意ポイント

※本作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件等は一切関係ありません。 また、本作はコンセプト上、闘病や死に関するセンシティブな描写を含みます。ご自身の体調に合わせて、閲覧をご判断ください。
連載小説『神様を演じた365日』

第5話『極彩色の宵、線香花火が落ちる音』

Section 1:人波と極彩色

08:00 PM - Local Shrine Festival

 その夜、世界は極彩色に塗り潰されていた。

 神社の境内へと続く参道は、見上げれば視界を埋め尽くすほどの赤い提灯が連なり、見下ろせば屋台の裸電球がギラギラと黄金色に輝いている。
 ソースが焦げる匂い、綿あめの甘い香り、そして人々の熱気。
 それらが渾然一体となって、夏の夜の空気をねっとりと重くしていた。

「わぁ、すごい人! はぐれないようにしなきゃ」

 雑踏の中、振り返った未希が、少し不安げに私のシャツの袖口を摘んだ。
 その指先の頼りなさに、私は思わず歩調を緩める。

 今日の彼女は、紺地に白い朝顔が大胆にあしらわれた浴衣姿だ。
 髪は緩やかにアップにまとめられ、少し後れ毛が残る白いうなじが、提灯の赤い光に照らされて艶めかしく浮き上がっている。
 いつもの「撮影」とは違う、プライベートな距離感に、少しだけ心臓が跳ねた。

「あ、りんご飴! 絶対これ食べたい!」

 彼女が足を止めたのは、真っ赤な宝石が並ぶ屋台の前だった。
 一つ買い求めると、彼女はそれを宝物のように両手で持った。
 屋台の照明を反射して、つやつやと濡れたように輝く真ん丸なりんご飴。

「ん……美味しい、けど硬い!」

 小さな口を開けて、赤い飴の表面を舌先でぺろりと舐める。
 その唇が、飴と同じくらい赤く、艶やかに濡れているのを見て、私は慌てて視線を逸らした。
 ファインダー越しなら直視できるのに、生の彼女の「生々しさ」には、まだ免疫がない。

「ねえ見て、金魚すくい! 私、これ得意なんだよ」

 彼女は私の袖を引いて、次の屋台へと駆け出していく。
 人波を縫うように進むその後ろ姿は、まるで光の渦に飛び込んでいく蝶のようだった。

 ポイを片手に、真剣な眼差しで水面を見つめる横顔。
 赤い金魚を掬い上げて「やった!」と無邪気に笑う笑顔。

 祭りの熱気は、夜が更けても衰えることを知らない。
 まるで、この極彩色の時間が永遠に続くと信じているかのように、私たちは光の洪水の中を泳ぎ続けた。

Section 2:落ちる火球

09:15 PM - Behind the Shrine

 祭りの喧騒から逃げるように、私たちは神社の裏手にある石段に腰を下ろしていた。
 遠くから聞こえる祭囃子の音色が、まるで別の世界の出来事のように頼りなく響く。

 コンビニの袋から取り出したのは、安っぽい線香花火の束。

「……つくよ」

 未希がライターの火を近づける。
 シュッ、という音と共に、先端に小さな火の玉が宿った。
 ジジジ……と音を立てながら、オレンジ色の火花が松葉のように広がり始める。

 暗闇の中、その小さな光源だけが、彼女の顔を照らし出していた。
 伏せられた長い睫毛。
 火花を追って揺れる瞳。
 鼻筋から唇にかけての、あまりに繊細な輪郭。

 パチパチ、パチパチ。
 不規則に爆ぜる火花を見つめる彼女は、触れれば壊れてしまいそうなほど儚くて、静かだった。

 (……綺麗だ)

 不意に、その言葉が脳裏に浮かんだ。
 それはいつも撮影の時に口にする「いいね、綺麗だよ」という記号的な称賛じゃない。
 被写体としてではなく、一人の女性として。
 どうしようもなく惹かれている自分に気づいてしまった、痛みを伴う感情だった。

 けれど、その言葉を口に出すことはできない。
 この関係を、この時間を、壊したくないから。

 火球が大きく震える。
 最後の輝きを放つように、激しく、強く。

「……あ」

 ――ポトリ。

 重力に耐えきれなくなった火の玉が、地面に落ちた。
 一瞬の残像を残して、あたりの闇が一層濃くなる。
 祭囃子の音が、少しだけ大きくなった気がした。

「落ちちゃった」

 未希は燃え尽きた花火の軸を見つめたまま、寂しそうに微笑んだ。
 その笑顔が、泣き顔に見えて胸が詰まる。

「……夏、終わっちゃうね」

 その一言は、単に季節の話をしているだけには聞こえなかった。
 私の喉の奥で、何かがつかえる。
 「来年もまた」と言いかけた言葉は、声にならずに消えていった。
 彼女の横顔が、肯定も否定も許さないほど、澄み切った諦観を纏っていたからだ。

(つづく)

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