共鳴するテクスト

【神様を演じた365日】第6話『黄金の階段、白昼夢の終わり』

注意ポイント

※本作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件等は一切関係ありません。 また、本作はコンセプト上、闘病や死に関するセンシティブな描写を含みます。ご自身の体調に合わせて、閲覧をご判断ください。
連載小説『神様を演じた365日』

第6話『黄金の階段、白昼夢の終わり』

Section 1:選ばれし者

10:30 AM - University Lecture Hall

 その瞬間、退屈な講義室の空気は、一気に黄金色の輝きを帯びた。

 教授の抑揚のない声が、遠くのBGMのように遠ざかる。
 机の下で、そっと開いたスマホの画面。
 公式アプリの通知欄に届いていたのは、一通のダイレクトメッセージだった。

『未希様。突然のご連絡失礼いたします。株式会社G・A・G 宣伝部の……』

 そこから先の文章を、私は何度も読み返した。
 心臓の音が、耳元でうるさいくらいに鳴り響く。

「……えっ」

 声が漏れた。
 隣でノートを取っていたサヤカが、不審そうにこちらを覗き込む。
 私は震える指でスマホを彼女の方へ向けた。

「サヤカ、これ……」
「なになに……えええっ!? GAGって、あの!? 新作RPGの公式コスプレイヤー!? 未希、これマジ!?」

 サヤカの絶叫に近い声に、講義室の視線が集まる。
 けれど、そんなことはどうでもよかった。
 
 SNSに投稿したあの一枚――あの夏の日、波打ち際で笑った「奇跡の一枚」が、ついに業界最大手のゲームメーカーの目に留まったのだ。

「『あなたの透明感こそ、我が社のメインヒロインそのものです』だって……! 未希、凄すぎるよ!」

 サヤカが自分のことのように私の手を握りしめる。
 その熱が、現実であることを教えてくれた。

 放課後、私たちはユリのバイト先へと駆け込んだ。
 事情を話すと、ユリは手に持っていた型紙を放り投げて喜んだ。

「公式!? やったじゃん未希! 衣装、予算はいくらでも出るんでしょ? 最高の生地と画材を揃えよう。私が、世界で一番綺麗な『最終形態』のドレスを作ってあげる!」

 夢が、現実を追い越していく。
 最高級のサテン、繊細なレース、そして細部まで作り込まれた魔法の弓。
 
 自分の価値が、数字だけでなく、社会的な「地位」として認められた高揚感。
 私はもう、ただの「病弱で地味な女の子」じゃない。
 選ばれた特別な存在。物語の主人公。

 私は空高く舞い上がっている気分だった。
 この先に、どんな奈落が待っているかも知らずに。

Section 2:ライトの下の異変

02:00 PM - Major Commercial Studio

 そこは、これまでのレンタルスタジオとは何もかもが違っていた。
 天井を埋め尽くす巨大なバンクライト、整然と並ぶ高精度のモニター、そして私の動き一つに神経を研ぎ澄ませるプロのスタッフたち。

 私は、ユリが心血を注いで作り上げた「最終形態」の衣装を纏っていた。
 幾重にも重なる純白のシルクが波打ち、背中には半透明の光る羽が広がっている。
 そして手には、彼女が最もこだわった巨大な――光の弓。

「未希さん、準備いいですか? ライト最大で行きます。……はい、回して!」

 ディレクターの合図と共に、数十万ワットの照明が一斉に私を射抜いた。
 白を通り越して、視界が黄金色に爆ぜる。
 カメラマンが構えるレンズの砲列が、一斉にシャッター音の連射を浴びせてきた。

「いいよ! 弓を高く掲げて! 聖女のような慈愛と、全てを射抜く強さを!」

 私はアドレナリンの海にいた。
 重厚な弓を引き絞り、架空の矢を天に向ける。衣装の重みが肩に食い込み、弓を保持する腕がわずかに震える。
 けれど、モニターに映し出される私は、もはや人間ではなかった。
 完璧な、物語を救うための「神様」そのものだった。

 (ああ……今、私は世界で一番、輝いてる……)

 そう思った、直後だった。
 脳の奥で、カチリ、と不吉なスイッチが切り替わる音がした。

「……っ、」

 視界が、急激に歪む。
 あまりに強い光を浴びすぎたせいか、それとも身体が限界を迎えたのか。
 足元から急速に感覚が失われ、胃の底からせり上がるような、生理的な嫌悪感を伴う吐き気が襲ってきた。

 全身から血の気が引いていくのがわかる。
 弓が、鉛のように重い。
 目の前のカメラマンの顔が二重、三重に重なり、周囲の賞賛の声が水の中に沈んだように籠もって聞こえる。

「未希さん? 少し休憩……」
「……だい、じょうぶ、です」

 私は、剥がれ落ちそうになる笑顔を、必死に顔面に貼り付けた。
 今、ここで倒れるわけにはいかない。
 今この瞬間、私は公式の、完璧なヒロインなのだから。

 ふと、スタジオの隅にある姿見に、自分の姿が映った。
 完璧なメイクの下で、肌の白さが異様な透明度を帯びていた。
 それは「美しい」という言葉では形容しきれない、命の灯火が透けて見えてしまうような、不吉なまでの白さ。

 (大丈夫……ただの、疲れ。だって私、今が人生で一番幸せなんだもん)

 心の中で呪文のように繰り返しながら、私は再び弓を引き絞った。
 目の前で炸裂するストロボの閃光が、まるで死神の鎌の煌めきのように見えた。

(つづく)

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