注意ポイント
第6話『黄金の階段、白昼夢の終わり』
Section 1:選ばれし者
10:30 AM - University Lecture Hall
その瞬間、退屈な講義室の空気は、一気に黄金色の輝きを帯びた。
教授の抑揚のない声が、遠くのBGMのように遠ざかる。
机の下で、そっと開いたスマホの画面。
公式アプリの通知欄に届いていたのは、一通のダイレクトメッセージだった。
『未希様。突然のご連絡失礼いたします。株式会社G・A・G 宣伝部の……』
そこから先の文章を、私は何度も読み返した。
心臓の音が、耳元でうるさいくらいに鳴り響く。
「……えっ」

声が漏れた。
隣でノートを取っていたサヤカが、不審そうにこちらを覗き込む。
私は震える指でスマホを彼女の方へ向けた。
「サヤカ、これ……」
「なになに……えええっ!? GAGって、あの!? 新作RPGの公式コスプレイヤー!? 未希、これマジ!?」
サヤカの絶叫に近い声に、講義室の視線が集まる。
けれど、そんなことはどうでもよかった。
SNSに投稿したあの一枚――あの夏の日、波打ち際で笑った「奇跡の一枚」が、ついに業界最大手のゲームメーカーの目に留まったのだ。
「『あなたの透明感こそ、我が社のメインヒロインそのものです』だって……! 未希、凄すぎるよ!」
サヤカが自分のことのように私の手を握りしめる。
その熱が、現実であることを教えてくれた。
放課後、私たちはユリのバイト先へと駆け込んだ。
事情を話すと、ユリは手に持っていた型紙を放り投げて喜んだ。
「公式!? やったじゃん未希! 衣装、予算はいくらでも出るんでしょ? 最高の生地と画材を揃えよう。私が、世界で一番綺麗な『最終形態』のドレスを作ってあげる!」
夢が、現実を追い越していく。
最高級のサテン、繊細なレース、そして細部まで作り込まれた魔法の弓。
自分の価値が、数字だけでなく、社会的な「地位」として認められた高揚感。
私はもう、ただの「病弱で地味な女の子」じゃない。
選ばれた特別な存在。物語の主人公。
私は空高く舞い上がっている気分だった。
この先に、どんな奈落が待っているかも知らずに。
Section 2:ライトの下の異変
02:00 PM - Major Commercial Studio
そこは、これまでのレンタルスタジオとは何もかもが違っていた。
天井を埋め尽くす巨大なバンクライト、整然と並ぶ高精度のモニター、そして私の動き一つに神経を研ぎ澄ませるプロのスタッフたち。
私は、ユリが心血を注いで作り上げた「最終形態」の衣装を纏っていた。
幾重にも重なる純白のシルクが波打ち、背中には半透明の光る羽が広がっている。
そして手には、彼女が最もこだわった巨大な――光の弓。
「未希さん、準備いいですか? ライト最大で行きます。……はい、回して!」
ディレクターの合図と共に、数十万ワットの照明が一斉に私を射抜いた。
白を通り越して、視界が黄金色に爆ぜる。
カメラマンが構えるレンズの砲列が、一斉にシャッター音の連射を浴びせてきた。
「いいよ! 弓を高く掲げて! 聖女のような慈愛と、全てを射抜く強さを!」

私はアドレナリンの海にいた。
重厚な弓を引き絞り、架空の矢を天に向ける。衣装の重みが肩に食い込み、弓を保持する腕がわずかに震える。
けれど、モニターに映し出される私は、もはや人間ではなかった。
完璧な、物語を救うための「神様」そのものだった。
(ああ……今、私は世界で一番、輝いてる……)
そう思った、直後だった。
脳の奥で、カチリ、と不吉なスイッチが切り替わる音がした。
「……っ、」
視界が、急激に歪む。
あまりに強い光を浴びすぎたせいか、それとも身体が限界を迎えたのか。
足元から急速に感覚が失われ、胃の底からせり上がるような、生理的な嫌悪感を伴う吐き気が襲ってきた。
全身から血の気が引いていくのがわかる。
弓が、鉛のように重い。
目の前のカメラマンの顔が二重、三重に重なり、周囲の賞賛の声が水の中に沈んだように籠もって聞こえる。
「未希さん? 少し休憩……」
「……だい、じょうぶ、です」
私は、剥がれ落ちそうになる笑顔を、必死に顔面に貼り付けた。
今、ここで倒れるわけにはいかない。
今この瞬間、私は公式の、完璧なヒロインなのだから。
ふと、スタジオの隅にある姿見に、自分の姿が映った。
完璧なメイクの下で、肌の白さが異様な透明度を帯びていた。
それは「美しい」という言葉では形容しきれない、命の灯火が透けて見えてしまうような、不吉なまでの白さ。
(大丈夫……ただの、疲れ。だって私、今が人生で一番幸せなんだもん)
心の中で呪文のように繰り返しながら、私は再び弓を引き絞った。
目の前で炸裂するストロボの閃光が、まるで死神の鎌の煌めきのように見えた。
(つづく)