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【神様を演じた365日】第8話『10万人の偶像、一人の少女』

注意ポイント

※本作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件等は一切関係ありません。 また、本作はコンセプト上、闘病や死に関するセンシティブな描写を含みます。ご自身の体調に合わせて、閲覧をご判断ください。
連載小説『神様を演じた365日』

第8話『10万人の偶像、一人の少女』

Section 1:10万人の偶像(アイコン)

06:00 PM - Shibuya Scramble Crossing

 それは、一種の宗教画のようだった。

 夕暮れの渋谷。巨大なビルに備え付けられた四方のビジョンが、すべて一つの映像でジャックされていた。
 映し出されているのは、純白のドレスを纏い、光の弓を引き絞る「魔法少女・最終形態」。
 私であって、もはや私ではない、完成された美の権化。

「ねえ見て、未希ちゃんだ!」「本物の神様みたい……」

 街を行く人々が足を止め、スマホを掲げる。
 SNSの通知音は、もう何時間も前から止まっていない。フォロワー数はついに10万人を超え、私の投稿一つで世界が数ミリほど動くような、奇妙な錯覚に陥る。

 (……あ、私、もう完成しちゃったんだ)

 街頭ビジョンを見上げながら、私は独りごちた。
 加工に加工を重ね、理想の輪郭を上書きし続け、人々の期待を飲み込んで膨れ上がった「未希」というアイコン。
 それはもう、私の手を離れて自立して歩き始めている。

 10万人の熱狂が、私の名前を呼んでいる。
 けれど、その声は誰一人として、厚いファンデーションの下にある青白い肌や、呼吸のたびに軋む肋骨の痛みを知らない。
 街中の誰もが私を知っているのに、本当の私を知っている人間は、この雑踏に一人もいない。

 身体が、ひどく軽い。
 物理的な重力から解き放たれ、このまま夜空に溶けて消えてしまいそうな、心地よい絶望。
 
 「神様」になれば、寂しくなくなると思っていた。
 「誰か」になれば、死ぬのが怖くなくなると思っていた。
 けれど、完成の瞬間に私を包んだのは、宇宙の果てに放り出されたような、底なしの孤独だった。

 私は、震える指でカメラマンにメッセージを送った。
 最後の撮影会。私のわがままで選んだ、あの廃墟。

『明日。最後の一枚、撮ってください。一番綺麗な、私を』

Section 2:狂気のラスト・サマー

03:00 PM - Abandoned Factory Studio

 ひんやりとしたコンクリートの匂いと、窓から差し込む斜光に舞う埃。
 かつて何かを生産していたであろう廃墟スタジオは、今の私にふさわしい、死の予感に満ちた静寂に包まれていた。

「……未希ちゃん、無理はしなくていい。座ったままでも……」

 カメラマンの手が、レンズを握ったまま微かに震えているのがわかった。
 ファインダー越しに、彼は見てしまったのだろう。  厚いメイクでも隠しきれない、私の肌の死の色を。  衣装の隙間から覗く、痛々しいまでに細くなった鎖骨を。

「大丈夫……。撮って。今、撮って」

 私は壁に寄りかかりながら、渾身の力で立ち上がった。
 光の弓を手に取り、ポーズを作る。
 その瞬間、身体の奥底から最後のアドレナリンが沸き上がるのを感じた。
 痛みも、吐き気も、すべてが光の彼方へと押し流される。
   カシャッ、カシャッ、と乾いたシャッター音が静かな廃墟に響き渡る。
 レンズの向こうで、彼の瞳が大きく見開かれる。
   (ああ……見えてるんだね。今の私が)

 逆光の中に立つ私は、もはや物質としての重みを失っていた。
 窓から降り注ぐ光の粒子(ゴッドレイ)に溶け込み、輪郭が揺らぎ、まるでこのまま天に召される天使のようだった。
 「綺麗だ」と彼が呟く。それはあの時よりも、ずっと深く、絶望に近い響きを持って届いた。

「……もっと撮って。私が私だった証拠を、全部。世界が忘れても、あなただけは忘れないように」

 私は微笑んだ。10万人のフォロワーが熱狂する「公式」の笑顔ではなく、ただ一人の理解者に向けた、剥き出しの、最後の微笑み。
   最後の一射を放つように、私は弓を最大限に引き絞った。
 その直後。    パチン、と糸が切れる音がした。

「あ……」

 視界から光が消え、重力が一気に戻ってくる。
 私は弓を落とし、そのまま糸の切れた人形のように前方へ崩れ落ちた。

「未希ちゃん!!」

 コンクリートの床に叩きつけられる直前、温かい温もりが私を包んだ。
 彼の胸の中で、私は激しく咳き込む。
 「ごめん……なさい……」
 意識が遠のく中、私の指先が彼のシャツを弱々しく掴んだ。
   レンズの先で神様を演じる時間は、もう終わった。
 そこには、ただの、今にも消えてしまいそうな一人の少女が横たわっていた。

(つづく)

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