夕暮れ時の教室は、まるで琥珀の中に閉じ込められた異界のよう。 誰もいない放課後の廊下に、私のローファーが立てる乾いた音が、規則正しいメロディを奏でては消えていく。
私は、窓際の席に座った。
そこは、外界と内界を分かつ「境界線」。
風がカーテンを揺らすたび、校庭から聞こえてくる運動部の掛け声や、遠くで響く電車の音が、エテリアの風が運ぶ精霊の声のように、私の心に深く、静かに染み渡っていくの。
ふと、自分の袖口に目を落とす。
紺色のブレザーと、白いブラウス。
それは、テラ・ロジカにおける「学生」という役割を演じるための、一種の聖衣(ユニフォーム)。
リラさんは「家賃の代わりにこの格好で街を歩き、市場を観測してきなさい」なんて呆れた顔で言っていたけれど……。
この鏡の中に映る自分は、どこか遠い記憶――忘却の霧の向こう側で、いつか選ぶはずだった「もう一つの明日」のように見えたの。
「……物語は、まだ始まったばかりよ」

私は独り言をこぼし、シルバーの羅針盤(MacBook)を開いたわ。
丸メガネのレンズ越しに映る世界は、少しだけ鮮やかさを増して。
数学の公式を解く代わりに、私はこの「何者でもない時間」の輝きを編纂(レコーディング)する。
ノートに書き留められたのは、因数分解の答えではなく、西日に透けるアッシュグレーの髪の揺れと、少しだけ切ないキャラメルのような恋の予感。
もしも、私がエテリアの旅人ではなく、あなたの隣の席に座る少女だったとしたら。
私たちはどんな言葉を交わし、どんな放課後を過ごしたのかしら。
そんなありふれた、けれど宝石のように眩しい「もしも」を、私はこの物語の中に閉じ込める。
誰かがこのページを読み終えたとき、心の中に、あの放課後のチャイムの音が響くことを願って。
【あとがき】
少し気恥ずかしいけれど、あの制服を着ていた時の私は、いつもより少しだけ素直になれた気がするの。この物語が、あなたの心に届きますように。