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【神様を演じた365日】第3話『黒いレースと、1/200秒の閃光』

注意ポイント

※本作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件等は一切関係ありません。 また、本作はコンセプト上、闘病や死に関するセンシティブな描写を含みます。ご自身の体調に合わせて、閲覧をご判断ください。
連載小説『神様を演じた365日』

第3話『黒いレースと、1/200秒の閃光』

Section 1:密室の変身

 都内某所、地下にあるレンタルスタジオ。
 分厚い鉄の扉を閉めると、外界の音がぷつりと途絶えた。

 漂うのは、乾燥した埃っぽい匂いと、強い化粧品の香り。
 コンクリート打ちっぱなしの壁に囲まれた更衣室は、ひんやりとしていて、まるでシェルターみたいだ。

「じゃん! どうよこれ、渾身の新作!」

 友人のユリが、ハンガーにかかった衣装を得意げに掲げた。
 そこに吊るされていたのは、光を吸い込むような漆黒のドレスだった。
 幾重にも重なった黒いレース、コルセットのような編み上げ、そして袖口にあしらわれたベルベットのリボン。

 あの時の、あのふわふわしたピンク色の魔法少女とは対極にある衣装。
 それはどこか、魔女や、堕天使を連想させた。

「……すごい。これ、私が着るの?」
「当たり前でしょ。今の未希なら、この『重さ』に負けないと思ってさ」

 私はごくりと喉を鳴らし、服を脱いだ。
 痩せた体に、重厚な布地を纏っていく。
 コルセットの紐を締め上げられるたび、肋骨がきしむ。
 けれど、その圧迫感は不快じゃなかった。むしろ、頼りない私の輪郭を、物理的に補強してくれているような安心感があった。

 鏡の前に座る。
 メイクも変えた。アイラインを跳ね上げ、唇には血のように赤いルージュを引く。
 ウィッグは、銀色に近いプラチナブロンドのロングヘア。

 最後に、黒いヘッドドレスを頭に乗せた時、鏡の中にいたのは「未希」じゃなかった。

「……誰、これ」

 思わず呟いた声は、少し低く響いた。
 そこに映っているのは、病院のベッドで怯えていた女の子じゃない。
 世界を冷たく見下ろすような、強くて、美しい魔女がいた。

「よし、完璧。行こうか、未希」

 ユリがカーテンを開ける。
 その先には、真っ白な光の世界(ホリゾント)が待っていた。

 心臓が、早鐘を打っている。
 でもそれは恐怖じゃない。これから始まる「儀式」への武者震いだ。
 私は黒いスカートの裾を翻し、光の中へと足を踏み入れた。

Section 2:閃光の洗礼

 撮影ブースの中央に立つ。
 四方を白壁に囲まれたその場所は、影ひとつない無菌室のようだ。
 私たちのために用意された、巨大なソフトボックスと照明機材が、無言の圧力で私を見つめている。

「いくよー。テスト!」

 カメラを構えたユリの声。
 私が頷いた瞬間。

 ――バシュッ!!

 視界が真っ白に染まった。
 強力なストロボの光が、私の肌を、網膜を、魂まで焼き尽くすように炸裂する。
 一瞬の熱。
 まばたきをすると、残像の中に青い光がチカチカと踊っていた。

「いい! 肌めっちゃ綺麗に出てる! そのまま目線こっち!」

 バシュッ! バシュッ!
 光の連打。
 最初は体が強張っていた。
 けれど、シャッター音がリズムを刻むにつれて、私の意識は奇妙なトランス状態へと落ちていった。

 (もっと。もっと私を見て)

 光が私を打つたびに、私の中にある「終わり」の予感や、身体の重さといった暗い影が、物理的に吹き飛ばされていく気がした。
 1/200秒という極限の刹那。
 その瞬間だけ、私は永遠になれる。

 ポーズを変える。
 黒いレース越しに、白い腕を伸ばす。
 赤い唇を少し開いて、挑発するようにレンズを見据える。

「そう! 最高! 今の表情すごくいい!」

 モニターに映し出された画像が目に入った。
 そこには、現実の私よりも遥かに鮮烈な、物語の登場人物としての「私」が固定されていた。
 発光するような白い肌と、漆黒のドレスのコントラスト。
 それは、私が夢見ていた「神様」の姿そのものだった。

 *

「……おっつかれー! いやー、撮れ高やばいね今日」

 2時間の撮影を終え、私たちはスタジオのロビーでパイプ椅子に座り込んでいた。
 心地よい疲労感が、手足の先まで充満している。
 近くのコンビニで買ってきた冷たいペットボトルのお茶を、火照った頬に押し当てた。

「……ん、冷たい」

 結露した水滴が、指先を濡らす。
 その冷たさが、私を少しずつ「魔法の世界」から「現実」へと引き戻していく。
 けれど、以前のような絶望的な落差はなかった。

 カメラのSDカードの中には、確かに「最強の私」が保存されている。
 その事実が、私の背骨を一本通してくれていた。

「これアップしたら、また通知止まらなくなっちゃうかもね」

 ユリがいたずらっぽく笑う。
 私はお茶を一口飲み下し、ニッと笑い返した。

「望むところだよ」

 黒いドレスを脱いでも、魔法はもう解けない。
 私は次のステージへ行く準備ができていた。

(つづく)

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