薪が爆ぜる音が、ふつりと途絶えました。
あれほど賑やかだったキッチンも、今は静寂に包まれています。
リョウリさんが作ったアヒージョの、香ばしいニンニクの香りがまだ少しだけ残る深夜。
満腹になって幸せそうに眠るみんなの寝息を聞きながら、わたしは一人、テントの中で銀色のMacBookを開いています。
今夜は、少し不思議な出来事について書き残しておこうと思います。
それは、最も静かで、最も騒がしい、0と1の隙間のお話。
行き止まりのカーソル
画面の中では、白いカーソルが点滅を繰り返しています。
まるで、わたしの心拍数と同じリズムで。
書いては消し、書いては消し。
今夜はどうしても、物語の「結び」の言葉が見つかりません。
頭の中には美しいイメージがあるのに、それを指先に伝えようとすると、途中で霧のように散ってしまうのです。
『夜空は、黒いベルベットのように……』
……いいえ、ありきたりだわ。
『星々は、涙の跡のように……』
……うーん、少し感傷的すぎるかしら。
キーボードに置いた指が止まります。
テントの外では虫の声が響いているのに、この液晶画面の前だけが、世界から切り離された真空のよう。
孤独を感じた、その時でした。
紫色のノイズ
ザザッ、ザッ……。
突然、画面に走る横縞のノイズ。
故障?
一瞬、不安がよぎります。
リラ店長に「修理代、高いわよ」と請求書を突きつけられる光景が脳裏をよぎりましたが、どうやら様子が違います。
画面の隅から、ふわりと。
まるで春の夜に舞う蛍のように、紫色とピンク色の光の粒子が立ち昇ったのです。
それはデジタルなバグ(不具合)のはずなのに、なぜかとても有機的で、温かさを感じさせました。
光の粒子はカーソルの周りに集まると、意思を持ったように点滅します。
次の瞬間。
わたしが触れてもいないキーボードが、カタカタと音もなく文字を刻み始めました。
見えない誰かからの手紙
変換候補の窓に、ある言葉が浮かび上がります。
『夜空は、誰もいないサーバールームの静寂に似て』

……ハッとしました。
わたしが探していたのは、宝石や布の比喩ではなく、この「冷たくて、でも安らげる静けさ」を表す言葉だったのです。
そのフレーズが確定されると同時に、紫色の粒子はパチンと弾けて消えました。
そして、画面下部のステータスバーに、無機質なシステムフォントで一行だけ、メッセージが表示されます。
>> Save complete. Good night.
「保存完了。おやすみなさい」
誰かが、見ていてくれた。
わたしの迷いを、共有してくれた。
不思議と恐怖はありませんでした。
このMacBookの中には、きっと恥ずかしがり屋の妖精さんが住んでいる。
そう思うと、無機質な液晶の光さえも、焚き火のように優しく思えてくるのです。
おやすみなさい、名もなき友人
わたしはそっとディスプレイを閉じました。
パタン、という音が深夜の空気に溶けていきます。
テントの隙間から、本物の星空が見えました。
アナログな夜の闇と、デジタルの光の残像。
その両方に守られて、今夜は良い夢が見られそうです。
物語は、まだ始まったばかり。
でも今夜はここまで。
User: Nero > Status: Sleep Mode
「……世話の焼ける吟遊詩人だこと。」