これは、まだ私がこちらの世界の夜を、少しだけ恐れていた頃のお話。
深い闇の中で、私を守ってくれた「小さな灯台」との記憶を書き留めました。
眠れない夜の隙間に、少しだけ静かな森へいらっしゃいませんか?
- ⏱️ 読了目安:約3分
- 🕯️ 登場ギア:フュアーハンドランタン 276
薪が爆ぜる音が、いつの間にか止んでいた。
真夜中の二時。
焚き火の残像が消えると、世界は唐突に冷たい沈黙を取り戻す。
ふと、背筋が粟立つ感覚があった。
(……結界は、張ったかしら)
無意識にそんな思考が過り、すぐに苦笑する。
ここはエテリアの「沈黙の樹海」ではない。日本の、とある穏やかなキャンプ場だ。
それでも、体の奥底に刻まれた記憶は、時折こうして警鐘を鳴らす。
闇は、死だ。
光の届かない場所には、牙を持つものが潜んでいる。だから旅人は、震える手で火を熾し、朝が来るまでその命綱を守り続けなければならない。
かつての私にとって、夜とは「耐え忍ぶ時間」だった。
けれど。
今は、違う。
「……ふふ。驚かせないでちょうだい」
わたしはテーブルの端に置かれた、小さな光に話しかける。
鈍い錫(すず)色をした、オイルランタン。
スイッチ一つで真昼のような白さを生み出すLEDライトとは違う、頼りないほどの琥珀色。
けれど、この光には「体温」がある。
シュゥ……と、芯がオイルを吸い上げる微かな音。
ガラスのホヤの中で揺らめく炎は、まるで小さな心臓の鼓動のように、一定のリズムで呼吸を続けている。

このランタン――フュアーハンドは、嵐の中でも消えないと言われている。
どんな強い風が吹いても、決して主のそばを離れず、ただ黙々と足元を照らし続ける。
まるで、忠実な番犬のように。
あるいは、嵐の海を照らす、小さな灯台のように。
わたしはマグカップを手に、その炎を見つめた。
ランタンの灯りは、闇を完全に消し去ることはしない。
ただ、わたしの手が届く範囲、このテーブルの周囲だけを優しく切り取り、闇との間に「境界線」を引いてくれる。
ここから内側は、安全な場所(サンクチュアリ)ですよ、と。
内側にあるのは、読みかけの本と、冷めかけたコーヒー、そして安らぎ。
外側に広がるのは、満点の星空と、木々のざわめき。
ランタンが引いた境界線のおかげで、わたしは「外側の闇」さえも、美しい景色として眺めることができる。
ふわりと、オイルの焼ける匂いが鼻先を掠めた。
それは不思議と懐かしく、心を鎮める香りだった。
「……さて。そろそろ、夢の続きへ行きましょうか」
わたしはランタンのつまみを回し、炎を豆粒ほどに小さく絞った。
完全に消すことはしない。
この小さな鼓動が、朝までわたしの眠りを見守ってくれるから。
テントのジッパーを下ろす前に、もう一度だけ夜空を見上げる。
こちらの世界の夜は、こんなにも静かで、優しい。
「おやすみ。わたしの小さな番人」
灯台の灯りに守られて、わたしは深い微睡みへと落ちていった。
あとがき
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
焚き火の炎も素敵ですが、オイルランタンの小さな炎をぼんやりと眺めている時間も、また格別です。
何も考えず、ただ炎の揺らぎを目で追うだけで、強張っていた心がほどけていく気がします。
ちなみに、作中で私が使っていたのはドイツ製の『フュアーハンドランタン 276』という古いモデル。
構造がシンプルなので壊れにくく、メンテナンスをすれば孫の代まで使えると言われています。
もし、キャンプの夜に「明るすぎる」と感じることがあったら。
スイッチを消して、小さな「生きた炎」を灯してみるのもいいかもしれませんね。
作中に登場した「彼」の正体は、ドイツ生まれの フュアーハンドランタン 276(ジンク) です。
嵐の中でも消えないと言われるこの灯りは、LEDにはない「生きている炎」の温かさを教えてくれます。
もし、あなたの夜にも静かな光が必要なら、ぜひ相棒に迎えてあげてください。
それでは、よい夜を。