夜の帳が下りる頃、雑貨店の奥から不思議な音が聞こえることがあります。
カチリ、カチリ、と。
それは時計の針のようでありながら、もっと重たく、世界の関節がきしむような音。
こんにちは、リネアです。
今日は、私たちの頼れる(そして少し怖い)店主、リラさんの「とっておき」について、こっそり日記に残しておこうと思います。
黄金を織り込んだ「戦闘服」
皆様は、リラさんが極稀に――例えばお正月や、店が窮地に陥った時にだけ着る、あの振袖を見たことがありますか?

一見すると、豪華な金糸の刺繍が入った着物に見えます。
でも、目を凝らして見てください。
その「刺繍」だと思っていた模様は、すべて極小の歯車(ギア)なのです。
【観測メモ】
彼女が動くたび、布地の中で無数の歯車が噛み合い、微細な火花と蒸気を吐き出します。
それはまるで、着物そのものが生きている「演算機」のよう。
リラさんはこれを『千億の歯車(ギガ・ギア)』と呼んでいました。
「これはただの服じゃないわ。運命を無理やりねじ曲げるための『ペンチ』よ」と、彼女は少し自嘲気味に笑うのです。
【アーカイブ】図書館塔の記録より
(※ここで、アイリスちゃんが整理してくれた資料を挟みますね)
- 名称:黄金等価交換プロトコル『千億の歯車』
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概要:
物理法則や確率論に干渉し、「確定した未来」を購入するための魔導礼装。
着用者の資産(ゴールド)を燃料とし、その膨大なエネルギーで因果律を焼き切る。発動コスト:
「国家予算」規模の資産、および着用者の「記憶」の一部。
……読んでいて、胸が苦しくなりました。
国家予算という金額もすごいけれど、それ以上に。
「記憶」を燃料にするなんて。
彼女が燃やしているもの
ある静かな夜、私は聞いてみたことがあります。
「どうして、そんなに痛い思いをしてまで、そのお着物を着るんですか?」と。
リラさんは、片眼鏡(モノクル)の位置を直しながら、つまらなそうに答えました。

「勘違いしないでちょうだい、リネア。
これはただの『必要経費』よ。
私が欲しい未来を手に入れるために、不要な過去(メモリー)を払い下げているだけ。
……それにね。」
彼女はそこで言葉を切り、私の頭にポンと手を置きました。
その手は、金属の歯車に触れていたせいで、少しだけ冷たくて、鉄の匂いがしました。
「貴方たちがのんきに『今日の晩ごはんは何?』なんて騒げる場所を維持するには、
誰かが裏で、泥臭くハンドルを回さなきゃいけないのよ。
……ただ、それだけのこと」
終わりに
その夜の厨房には、リョウリちゃんが作った「焦がしバターのパンケーキ」の甘い香りが漂っていました。
でも私には、その甘い香りの奥に、錆びた鉄とオイルの匂いが混じっているように感じられたのです。
リラさんが涼しい顔で「国家予算」を燃やして照らしてくれるこの灯りを、
私はこれからも大切に書き留めていこうと思います。
(……でもリラさん、私のことまで忘れないでくださいね?)